日本人が妙にマラソン・駅伝好きなのは、努力がよく見えるから

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ご機嫌よう、煤渡(@suswatari88)です。

こう見えて、中学から高校まで陸上部でした。でも足は速くありません。

そもそも、陸上部がみんな足速いと思ったら大間違いなんですよ。「ドラマーなのに痩せてるんだね」ぐらい酷い話です。

 

ところで、日本人ってマラソン観るの好きですよね。駅伝も好き。一方で、その他の陸上競技の不人気といったら。今年の世界陸上、観てましたか?

「陸上競技が好き」という訳ではないのに、わざわざ数時間、テレビの前に居座って長距離走を観る。異常だと思います、元陸上部のわたしから見ても。

 

マラソンは努力が見えやすい

なんでそんなにマラソンが好きなのか。結局、努力が見えやすいからなんでしょう。

選手は汗だくになり、苦痛に顔を歪めて、ものすごい距離をものすごいスピードで走り続けます。ああ努力している、わかりやすい。

努力していると、応援したくなる。とてもよくわかります。それで結果が良くなくても「よく頑張った」と声をかけたくなりますよね。選手は嬉しくないでしょうけど。

 

じゃあ例えば、100m走に出場して予選敗退した選手に「でもよく頑張った」って声かけますか?

かけないでしょうね。せいぜいテレビの前で「あー、駄目だったか」で終わり。努力が見えづらいから。これ気持ち悪いなあって昔から思ってるんです。

トップレベルの選手ほど悲惨だと思います。室伏選手がハンマー投げでメダル取れないことがあると、ほとんどの人は毎度“ガッカリ”してるんじゃないでしょうか。

 

「最初からすごい人」のことは応援しない

恐らく、長距離走以外の陸上競技は「生まれつきすごい人たちが競争している」かの様に見えているんだと思います。

足が速い人、遠くまで投げられる人、高く跳べる人。生まれつきそういったスペシャルな能力を持った人たちが、その能力で競い合っている。

確かにそうです。間違いではない。ですが、その人たちも漏れなく全員とんでもない努力を積んで舞台に立っています

そんなことは、わたしに言われなくとも誰もがわかっている。わかっているけど、どうしてもその努力が見えづらい。努力が見えないと、どうも応援する気にならない。

すごい奴がすごい結果を残す、というストーリーに日本人は魅力を感じないんでしょう。それよりも、すごく努力したけど結果は出なかった、の方がよっぽど好きなんです。すごく努力してすごい結果を残す、というパターンは大好物。

 

おわりに

マラソン選手も短距離走選手も、室伏選手だって、全員がとんでもない努力を積んでいます。

そんなことは分かりきっているのに、それでも分かりやすく努力が「見える」マラソンと、それ以外の競技とでは評価が変わってくる。見え方が変わってくる。

どうも不思議で気持ちが悪いです。もっと深いところまで潜って考えたいんですが、時間が足りないのでまた後日にします。思った以上に闇が深いです、日本人の努力好き問題。

さよならを言うのがこんなにもつらい相手がいるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。さようなら!