水の様に言葉を使うことを意識してみると面白そう

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ご機嫌よう、煤渡(@suswatari88)です。

以前の記事で、ぼんやりした言葉や文章に魅力を感じる、という話をしました。

明日をちょっと“楽”にするブログ、始めます

強くてはっきりしたものより、一見ゆるやかでぼんやりしたものに魅力を感じるんです。

ただ、「一見」というのがポイントで、その中に垣間見える芯や軸のようなものが、実はその魅力を決定づけるのかもしれません。硬いものより柔らかいものの方が実は強いのだ、というとトンチみたいですね。

じゃあ柔らかいものといえばなんだろうかと考えると、思いつくのが「水」です。試しに「水」を意識して言葉や文章を扱ってみると、案外面白いかもしれません。

 

水は究極に柔らかくて強い

水は本当に柔らかいです。叩いても切りつけても、全部受け流します。それだけではありません。入れものや使い方など、状況によって形も変わります。

ですが、どれだけ形が変わろうとも、それが水であることに変わりはないんですよね。

また、いざとなれば石にも穴を空けたり、切ったりすることができる。すごく柔らかいのに、すごく強いです。

 

水は置いておくと腐る

水って、流れのない状態で放置されると、そのうち淀んで腐ったりしますよね。

言葉や文章も同じで、その土台になる「考え」に新陳代謝がないと、やがて腐ってしまうのかも。ただ、これは別に「常に考えを刷新するべき」という訳ではないと思ってます。

たとえ長い間おなじ考えだったとしても、代謝がなくて凝り固まっていった結果である場合と、思考に流れを作って常に考え続けた結果である場合とでは違ってくるのだと思います。前者は淀んだ水が、後者は新鮮な水が、そこにはあるのかなと。

 

おわりに

最近、言葉について考えるのが楽しいんですよね。奥が深いです。雑に使いたくないなあと思います。

さよならを言うのがこんなにもつらい相手がいるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。さようなら!