難聴で入院している間によく考えた二つのこと

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ご機嫌よう、煤渡(@suswatari88)です。

前回お伝えした通り、突発性難聴で先日まで一週間ほど入院してきました。

耳の不調で、一週間ほど入院してきました

入院中は暇だったのでなにかと考え事をしてたんですが、なかでも今回の一件で特に考えたことが二つ。ちょっとまとめておこうと思います。

 

突発性難聴の原因について

本題に入る前に、突発性難聴の原因について軽く触れておきます。

明確な原因は不明とされてますが、病院からもらった説明資料によると突発性難聴の発症前には、精神的・肉体的疲労感(ストレス)を感じていることが多いそうです。

なので治療としても、まずは心身の安静だと。「難聴の程度によっては入院治療の方が良い」というのも、この安静を重視してのことだとか。

 

ハッキリとは言えないにせよ、心身の疲労・ストレスが難聴を引き起こした可能性が高いと。そう言われても、正直そんな自覚はなかったんです。

過去にもっと身体が疲れていた時期もあったし、精神的に疲れていた時期もあった。単純に比較できないとは思いますが、本人としてはそういう感覚でした。

とはいえ、もし自覚がなかっただけで本当は疲労・ストレスが溜まっている状態だったのだとしたら。自覚症状がないのはマズイですよね。

 

無理しすぎた、負荷をかけすぎた?

自分で気付かないうちに、無理をしたり負荷をかけすぎたりしたのではないか。これが、今回考えたことの一つ目です。

6〜7月の間、確かにそれまでと比べてどっと、タスク量が増えていました。それでも前述したように、無理しすぎているといった自覚はなかったんです。

恐らく、主に音楽関係のタスクでいっぱいだったからではないかと。楽しさが先行してしまって、闇雲に詰め込んで作業量が増えていることに無自覚すぎたのかもしれません。

 

ただそうは言っても、タスク量自体はパンクするほどだったとは思ってません。

もう少し細かくいえば、タスク管理・処理が無計画な状態で突っ走りすぎた。こう言ったほうが近いですね。

どのぐらいのペースで、どういった順序で消化していけば間に合うのか。これを考えずに、毎日とりあえず限界まで詰め込む、というやり方を取ってしまっていました。

 

つまり、わたしは自分のやりたいこと・楽しいと思えることについては、走り方を間違えやすいのではないか。情けないことに、この危うさにこういった形で気付く結果になりました。

誰でもこういった一面はあるんだろうけど、自分の場合はそれが過ぎるのではないか。B型には特にこういったタイプが多いとも聞きます。マラソンなのにスタートからダッシュする様なものですからね、そりゃ怪我もします。

 

後悔なくやれてた?

もう一つ考えたことは、後悔なくやれてたか?ということです。

前回の記事にも書きましたが、一時は左耳がほとんど聞こえていない状態にまで悪化しました。突発性難聴は治るかどうか、誰にもわからない。このまま左耳は聞こえないままかもしれないと、その可能性も本気で考えざるを得ない状態でした。

ちょっとだけ大げさに言うと、よくある「明日死ぬとしたらどうする?」みたいな話、あれを軽めに疑似体験したような気がしたんですよね。

そうなった時に、後悔が最小限に抑えられるように、今日までやれてきていたのか。そんなことも考えました。まあ恥ずかしながら、入院生活でセンチになってたのもあると思いますが(笑)。

 

後悔のないように、というと「全力でやる!」というイメージです。じゃあさっきの「無理しすぎた?」と矛盾するかというと、そうではない。

そもそも全力でやる!という言い方自体、間違ってはいないんですが、ちょっとわたしのイメージと離れてるんです。

それこそマラソンにしたって、例えば「今日がラストランだ」というときに、悔いのないようにといって全力疾走したりしないですよね。悔いのないようにやりたいなら、いつも以上に体調やペース配分をシビアに管理して臨むはずです。

 

おわりに

二つのことと言いながら、リンクしているのでほとんど一つのことでした。なんでも全力疾走してればいいってもんじゃないんですよね。

別に「身体を壊すからやめた方がいい」という話ではなくて、全力疾走が最良ではない場面も多々あるだろうと。いつでも100%で走ることより、常に走り方をシビアに管理することの方が大変で、大切なんだと思います。

 

これをもっと考えるために、このブログも活用しながら「楽」ということと真面目に向き合ってみようかなと、そんなことを病院のベッドの上で思いつきました。

「楽」と向き合うってどういうことなのか、まだ全然ぼんやりしてます。というか、やりながら掴んでいくしかないでしょうね。この話はまた改めて。

さよならを言うのがこんなにもつらい相手がいるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。さようなら!