夏のギターソロと、冬の便座

photo credit: 馬桶 via photopin (license)a

photo credit: 馬桶 via photopin (license)a

「さっき座った便座が冷たかった、もう冬になる」

彼がそう言ったのを聞いて、内心ドキっとしたがなんとか涼しい顔を保った。

それをそんなにも開けっぴろげに言うのか君は。それをわたしに告げるということは、つまりその、たったいま自分は大きな用を足してきたところであると、躊躇なくそれを告白できるわけだ。恐れ入った。

 

これが彼の大きさに初めて気付いた出来事であった。いや、大きさというのは人間の大きさ的なそれのことであって、もう便所のことは忘れてくれてよい。

彼とは同じ陸上部で汗を流した。まだ高校生、わたしにはそんな勇気はなかったころだ。それから彼に興味を持ち、眺めていると確かに独特の落ち着きのようなものを、常に漂わせている。わたしが持っていないタイプのそれだった。

どうしてだろうか。高校生のころのわたしは、何事にも落ち着いて一歩引いていられる人間に魅力を感じ、自分もそうありたいと努めて生活していたように思う。

落ち着いたカッコイイ人間になりたい、という思いを胸の内で暴走させて、内側はいつもひどく騒がしかった。だからわたしは彼に少し憧れた。

 

彼はピアノが弾けた。高校で男子がピアノを弾けたら、容易くヒーローである。

明けて夏、そんな彼と発表会の場で共演することになった。当時からわたしはギターが弾けたのだが、それでもギターとピアノの間に越えられない壁をこしらえて、一方的にささやかな劣等感を抱いて当日を終えた。

ギターのギの字も知らない音楽教諭から「間奏でソロを弾いてくれ」と頼まれていたので、なんとなくそれっぽい音を並べておいた。暑さでよく覚えていない。

終わってから、いかにピアノがカッコイイか、いや本当にすごかった、綺麗な音色だったと彼にたくさん言葉をかけた。

彼はいつもと変わらない温度で、自分は譜面がないと弾けない、ソロを作ったりはできないので羨ましいと言った。

「便座が冷たかったぜ」と恥ずかしげもなく言ってのける人間が、わたしに向かってそんなことを言うとは思っていなかった。

別にそれらしいギターソロなんて誰でも弾ける、わたしはソロより便座がいいと思った。人間誰しも、無いものをねだり続けるしかないのだろうかと思うと虚しくなった。

 

この季節、腰掛けた便座が冷たいと彼を思い出し、やがて聞こえ出す冬の足音を疎ましく思う。それでも、夏になれば冬の寒さも恋しくなる。やはり無いものねだりでしかない。