誰も忘れてなんかいない

※この記事は、東日本大震災について書いています。わたしなりに、あくまで誠実に書いた文章ですが、様々な捉え方をされる方がいるであろうと思います。あなたの立場、考え方などによっては、不快な思いをされるかもしれません。このことを踏まえた上で、ご自身の判断で読み進めていただけると幸いです。

 

 

 

 

あの大震災から、今日で4年になる。あの日わたしは、都内で通っていた大学内にいた。ボロボロのサークル部室棟の四階にいた。ただごとでは無い音を聴いて、初めて「今、自分が立っている場所が崩れるかもしれない」と思う、という経験をした。

揺れがおさまって、皆ちょっと高揚しながら集まった。いやすごかったねと。ただ、誰かが招集せずとも皆が集まってきたことを考えると、すでに「普通じゃない」という不安は感じていたのだろうと思う。

とりあえず皆が集まったので、少し落ち着いた。冷静になったので、状況を確認しようとワンセグをつけた。濁流が色んなものを運んでいく映像が、目に飛び込んできた。数秒固まって、その後笑った。全然面白くなかったのに、笑ってしまった。笑うしかない映像だった。笑いながら、隣にいた後輩にそれを見せた。その時の、彼の表情が未だに忘れられない。その顔を見てわたしの笑みは消えた。彼は東北出身だった。

 

福島出身の、paioniaというバンドをやっている友人たちがいる。ある日彼らのブログでこんな記事を見つけた。「東京」という曲のセルフライナーノーツである。頭をぶん殴られた気がした。それ以来、この気持ちがなんなのかまだよく分かっていないまま、思い出した時にこれを読むということを度々続けている。自分が忘れたくないと思っている、あの時感じた何かしらを、忘れずにいさせてくれる気がしているのだ。彼らはもうずっと何かに怒り続けている様に見え、先日ライブ活動を休止した。

 

 

あれから4年がたった。なにかにつけて「風化させない」「過去の記憶にしない」という声を聞く。正直わたしは、これを聞く度に何とも言えない違和感を覚える

わたしはあの濁流を、もう思い出したくない。原発が吹き飛んだあの映像を、テレビから流れる緊急地震速報の警報音を、もう思い出したくない。あの時の後輩の表情は、もうずっと忘れられない。友人のブログは、何があっても忘れたくない。

みんなそうなんじゃないかと思う。忘れたい人もいれば、忘れたくない人もいる。忘れたいこともあれば、忘れたくないことも、忘れられないこともあるんだろうと思う。あの大震災は、間違いなく全ての人たちの中に何かを残していってしまった。

闇雲に「忘れるな」ということに、一体どのぐらいの意味があるのか。それで被災地の人たちは救われるだろうか、喜んでくれるだろうか。言われなくとも、みんな各々の裁量であれを覚えている。忘れられる訳ないだろう、冗談じゃない。

 

あの時わたしは大学四年生だった。3月には毎年、いわゆる「追いコン(卒業生を送り出す催し)」が行われる。わたしの年は中止になった。「節電」を叫ぶ声と、あの時期なにかに責め立てられる様にして皆が叫んでいた「不謹慎」という、二つのものによって潰された。大したことではないのだろうが、大学生活が非常に大切な時間となったわたしにとって、これはとても重い出来事だった。わたしは大学を辞めた。

あれ以来感じる、漠然とした「何かが間違っているのかもしれない」という、今までのコト・モノに対する疑いはまだ晴れない。あの時わたしの中に生じた「ゆがみ」も、未だに解消されずにいる気がする。街のゆがみはそれなりの速度で修復されているらしいが、人々の中でゆがんだ何かはまだそのままか、もしくはちょっと間違った方向で修復されつつあるのではないか。そんな、何の根拠もない不安にさいなまれたりもする。いや、みんなそうなんじゃないかと思うことで、少しでも不安をやわらげようとしているのかもしれない。

被災者もそうでない人も、あれ以来「何かしら」を背負っているはずだと思っている。自分がそうだから、皆もそうだと信じたい自分がいる。忘れてしまった様に見える人たちも、きっと背負うことの辛さから一時、目を背けているだけなのだと思う。あの震災を誰も忘れていない。忘れられるはずがない。