憧れのミュージシャンを言えるミュージシャンがうらやましい

ミュージシャンと呼ばれる人々は、往々にして憧れの存在となる。

これはなにもリスナーからの眼差しだけでなく、むしろミュージシャンたちの中にこそ、自分だけのヒーローを持っている人は多い

有名ミュージシャンでも、「〜が自分のルーツである」「〜の音楽に出会い、自分も音楽を始めた」と、自分のヒーローについて熱っぽく語る人は少なくない。

 

ここでいうヒーローとは、主に思春期などの多感な時期に出会うことで、その人の人生・思想に多大な影響を与える存在のことである。

「その音楽に出会ったとき、頭をぶん殴られたような気がした」と、そんな風に自分のヒーロー体験を語ってくれた友人もいた。

そしてわたしは、ミュージシャンが「憧れのミュージシャン」について語るのを聞くたび、ちょっとうらやましくなるのだ。

わたしには憧れのミュージシャンが、自分だけのヒーローがいないのである。

 

 

誰かに憧れて音楽を始めた訳ではない

ミュージシャンにとってヒーローとは、自分が音楽を始めるきっかけ、そして今も音楽を続けている理由とも、強く結びつく存在である。音楽をやっている人間にとって「憧れの人はいるの?」という質問は、避けては通れない。

けれどもわたしは、この質問が苦手である。というのも、わたしが音楽を始めたきっかけの中には、「誰かへの憧れ」という要素が存在しないのだ。

 

小学校6年生のとき、わたしは初めていじめに遭った。

昨日まで一緒に遊んでいた連中が、一夜にして敵になった。今となっては理由も覚えていないので、ささいな喧嘩か何かから発生したものだろうと思うが、当時のわたしにとってはとても重い出来事だった。

「世界が灰色になる」などというが、あれはちょっと違う。色なんて覚えていない。自分の世界から「色が無くなる」といった感覚だったと記憶している。

 

そんなわたしに、一人のクラスメイトが声をかけてきた。それまでほとんど話したことのない彼と、少しずつ話すようになっていった。

勘違いしないでほしいのだが、彼は決して「いじめられているわたしを見て、正義感の名の下にわたしの友達となった」訳ではない。本当に、全くもってそういうタイプの男ではなく、むしろ愛すべきクソ野郎だった。

これだけ言っておいて、実は向こうにそういった気持ちがあったのだとしたら合わせる顔もないが、とにかくあいつはそういう奴ではなかった。だからこそ、わたしは不思議だった。変な奴だなと思っていた。

 

とはいえ、彼のおかげで連中からの嫌がらせを(精神的に)かわせるぐらいには、気持ちの余裕ができたのは事実である。一度も言ったことがないし今後も絶対に言わないが、彼には本当に感謝している。

 

 

始めたきっかけは「逃避」

そんな彼が、ある日突然「バンドやろうぜ」と言ってきた。わたしの人生をひっくり返した一言である。当時は知る由もないが。

「バンドって、ロックバンドのこと?」そんなレベルである。彼はわたしに、ギターをやれと命令した。何様だ。

小6でバンドとはずいぶん早熟だと思うだろうが、彼にはバンドマンの兄がいたので、その影響を大きく受けたのだと思われる。

 

母に初めて大きな買い物をねだり、人生初のギターを手にいれた。サンバーストが綺麗なアコースティックギターだった。よく覚えている。

「アコギじゃバンドはできねえよ!」と、友人に笑われた。買う前に言ってほしかった。

わたしがアコギを買ってしまったことと(?)、言い出しっぺの彼の不真面目さによって、結局そのときはバンド結成には至らなかった。

 

子どもがノリでバンドやろうと言い、初心者セットのギターを買い、でも結局バンドを組まずに終わる。別に珍しい話ではない。

ただ、普通ならこのままフェードアウトするのだろうが、なぜかわたしはギターにのめり込んだ。バンドを組んだ訳でもなく、披露する場がある訳でもないのに、毎日狂ったようにギターを弾くようになった。このとき、わたしは音楽を始めた。

 

楽しくてしょうがなかった。毎日溜まっていく鬱屈、もやもや、フラストレーションを忘れ、世界に色を戻してくれる最高のおもちゃだった。

わたしにとって、音楽は憧れでもなければモテるための手段でもなく、自分が壊れないための「逃避」の手段だったのである。

あの人みたいに弾きたい。あの人みたいな曲が作りたい。そんな風に思ったことは一度もなかった。バンドもライブも無い中で、何を目標にしていたのかは自分でもわからない。ただひたすら、ギターを弾いていた。

 

 

だからわたしには憧れがいない

そんな訳で、わたしには「かつて憧れたミュージシャン」がいないのである。だから、憧れの人を答えられるミュージシャンがうらやましい

わたしにも好きなミュージシャンは多数いるが、それはこの記事で言うヒーロー・憧れの人とは違う。どうやらこればっかりは、作ろうとして作れるものではないようである。

 

あなたはミュージシャンだろうか、それともリスナーだろうか。かつてその音楽であなたの頭をぶん殴った、あなただけのヒーローはいるだろうか。

もしいるのなら、その体験は大切にした方がいい。それは欲しくても、簡単には手に入らないものである。あなたのヒーロー体験を、是非聞かせてほしい。TwitterやFacebookなどで、気軽に絡んでいただければ幸いである。

さよならを言うのがこんなにもつらい相手がいるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。さようなら!

 

 

煤渡(@sswtr_in_cafe)