【風立ちぬ】宮﨑駿が「面倒くさい」を連呼して作った風立ちぬとは

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宮さん(宮﨑駿氏)の引退作となった風立ちぬ。

この作品に関してはあれこれ考察するよりも、宮さんの想いや言葉などを知る方が楽しめるだろう。

なぜファンタジーを捨て、どんな気持ちでこの作品を描いたのか。

以前NHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」風立ちぬスペシャルから、そんな宮さんの言葉と想いをピックアップしてみようと思う。

 

時代の変化に対する答え

2010年、風立ちぬの企画が立ち上がった時点で、宮さんはこう語っている。

今まで自分が持ってたさ、(作品作りの)法則というか、方程式がね、まあしょっちゅう壊れてるけど、今度はもう本当につじつまが合わないほど壊れることになる。もう、子どもがどうのって、抜きって感じだよね。

その口ぶりからは、いよいよ今までと全く違うものになるぞ、という見通しはあるものの、まだ先が見えず揺れている様な印象を受けた。

そんな想いを抱えながら、制作に取りかかる。宮さんはいつも、絵コンテ(映画の設計図みたいなもの)の結末ができていない状態で制作を始める。

よって、風立ちぬに関してもその点はいつも通りなのだが、いままでとは不安要素の数が違うだろうことは、この時点で十分伝わってきた。

 

そんな中、2011年3月11日を迎える。東日本大震災である。

何を描いたらいいかわからない」とこぼす宮さん。本当にこの映画を作れるのか、という不安が充満する。

ちょうど絵コンテを描いていたのが、関東大震災の場面だった。絵コンテすら見たくない、というスタッフもいたという。

 

宮さんの中でも、とりあえずの答えを出すのに3ヶ月かかった。6月末、スタジオのスタッフに向けた宮さんの言葉を紹介しよう。

もっと物質的にも時間的にも、窮迫した中に生きなきゃいけなくなるだろうと思うんです。その時に、自分たちは何を作るのか。

少なくともそれは、(そういった時代がくると)十分予想されるときに、前と同じ様にファンタジーを作って女の子がどうやって生きるか、というふうなことでは済まないだろうと思いました。

風立ちぬというのはですね、実は、激しい時代の風が吹いてくる、吹きすさんでいる、その中で生きようとしなければならない、という意味です。

それが、この時代の変化に対する、自分たちの答えでなければならないと思います。

この2日後に、宮さんは被災地を訪れ、現状を目に焼き付ける様に見て回る。空襲の焼け跡にそっくりだ、と語ったという。

 

「究極に面倒くさい」と語った作品作り

東京に戻り、改めて制作に取りかかるも、今作のテーマは複雑で巨大だった。

「戦争の道具を作った人間の映画を作るんですか?」という問いに、答えなければならない。宮さんは何度も、そう語る。

作品の中でも、カプローニという男が主人公の二郎に「飛行機を作るというのは、呪われた夢・仕事である」と説く。そして、その覚悟はあるかと問う。

これは正に、宮さんが自分自身に投げかけた問いだろう。この映画を作る覚悟があるのか。自分に問いながら、作品を描き進める宮さん。

その口からは、何度も何度も「面倒くさい」という言葉がもれた。

 

これは、映画制作の作業が面倒くさい、ということではない。単純に作業の大変さなら、今までの作品も変わらない。

今までとは比べものにならないほど自分と向き合い、外からの問いにも答えなければならず、なおかつ映画として成立させなければならない。その面倒くささだ。

また、いままでの方程式が完全に崩れ落ちているせいで、先が見えない。そんな中で、自分が見据えている方向性。

それに対して、「これは正解なのか」という迷いもあるだろう。迷いがあると、目指す先が決まっていても、そこへ走り出すことに面倒くささを感じ、足が止まってしまう。

 

だが宮さんは、「世の中の大切なことは、たいてい面倒くさい。面倒くさくないところで生きていると、面倒くさいのはうらやましいな、と思う」とも語っている。

面倒でも、当然それを捨てることはできない。宮さんの中で、何かがどんどんこんがらがっていく様に見えた。

そんな迷いがやがて、「二郎が描けない」という問題を引き起こす。スタッフからも、二郎をどう描いていいかわからない、といった声が出る。

飛行機を作るとは、どういうことなのか。戦闘機を作った人間を、どう描けばいいのか。べたっとした重い空気を、番組を観ていても感じた。

 

宮﨑駿、覚醒

その週末、宮さんはハンセン病隔離病棟を写した写真展へ出かける。これが、宮﨑駿に火を点けた。

「おろそかに生きちゃいけないって気持ちになるよ、あれを見ると」「なんか突然、時間をかけてやる意味が出てきた」と言い、スタッフが描いたままで手付かずだった絵を直し始める。

それは二郎が、作った飛行機の飛行実験失敗を目の当たりにした場面だった。表情を大きく描き直し、「失敗に立ち会うことで、なんか感じたんだと思う」と語る。

何かが吹っ切れた様に描き直された、二郎の表情。宮さんはそこに、自分を投影している様に見えた。

 

そして、ここから宮さんの迷いがなくなり、研ぎ澄まされていく

「二郎たちにとって、戦争、時代は選択できない。それは自分たちと同じ。その中で、精一杯生きた様を描く」「ゼロ戦がどうの、という映画じゃない」「ヒロインが死ぬことで盛り上げようと思っていない」

宮さんの口から、迷いのない言葉が溢れてくる。目指す先は、もう完全に見えている様だ。「何を描けばいいのか」から「どう描けばいいか」にシフトした。

 

そして、二郎と菜穂子が駅で再会する場面を描き始める。菜穂子は病で時間がなく、二郎も覚悟を決めるシーンである。

もう、この人たちがどうやっていくか(どう生きていくか)見ていくしかない」と語った。どうやらやっと、登場人物がひとりでに動き出したらしい。

こうして、宮﨑駿初の「大人の恋」が描かれることとなった。

 

おわりに

最後に、覚醒した宮さんの言葉をあなたに紹介し、終わりにしよう。

自分たちに与えられた、自分たちの範囲で、自分たちの時代に、堪る限り力を尽くして生きるしかないんです

「風立ちぬ」とはなんなのか。宮さんがどんな想いで描いたのか。あなたに少しでも、伝われば幸いである。

さよならを言うのがこんなにもつらい相手がいるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。さようなら!

 

 

煤渡(@sswtr_in_cafe)